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2010年6月10日 (木)

被害妄想

とある場所で知り合った一人の男性。彼は「品川と申します」と名乗った。

一週間後、彼と連絡を取るために、教えてもらっていた勤務先へ電話をし、呼び出してもらった。「品川と申す者は、こちらにはいませんが…」と予想だにしていなかった返答に戸惑った。

偽名を使ったのか。憤慨するより、憮然としてしまった。騙されたような気がして、肩を落とした。会わなければならない事情を説明したところ、その男性は品川ではなく吉永という名前だと判明した。ちょうど外出中で、かけ直すことを約束し、電話を切った。後日、吉永氏とは電話がつながり、用事を済ませることができた。

品川と吉永。漢字で二つの名字を見比べ、まるっきり異なる名字にどうして間違えたのかわからなかった。でも…。シナガワ、ヨシナガ、シナガワ、ヨシナガ…と何度か唱えていると、“シナガ”が共通であることに気づいた。偽名を使われたわけでも、騙されたわけでもなかったのだ。本当に聞き間違えただけだったのだ。ガッカリすることも、自分を哀れむこともなかった。

誤りが修正されれば、ただの笑い話となる。誤解を解かなければ、人間関係が絡まったままになってしまう。世の中、意外とこの手の話は多いのではないだろうか。

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コメント

おはようございます!

わかります!僕はまさにそれです、それというのは被害妄想の事です。人ごみが嫌いというのも、苦手でない人が多すぎるのはちょっといやというのと同じ意味では2割。残りはこちらが勝手に、"今僕の格好は変に見られているんじゃないか"とか、"髪型がキモイ?"とか簡単にそういう風に全員が敵意むき出して見ている気がするんです。逃げ場のない公共交通機関とかは、冷や汗がでるわけです。

でも、実はこれも考え方一つなのですよね。よくよく考えれば、こちらはそういうつもりでないことがほとんどです。相手もまた同じはず。ただごく稀に、こっちもなんだか変だなって思うということがあるということは、その可能性が奇跡的に他の人も全員あるわけですから…、あああぁぁぁぁー。って。

論理的に考えれば、その手の話は多いと思います。**違いというやつです。聞き間違い、勘違いとか。その小さな事一つで、その人との人間関係だけでなく、場合によっては組織自体でもあり得るのですからちょっとこわいですよね。

最近身近に感じていることは、文字でのやりとりが増えたことによる"誤解"です。コメント、メール、例えばblog本文の記事等、こちらはそういうつもりではなくとも、受け手次第でずいぶん変わってしまいます。[そうなんですか?]でも、頭の中でへぇ!そうなんですか?って感心して尋ねておられるのを想像するのと、切れ気味に煽りながら言わせようとしてるっていうのはちがいますし。

僕もよく勘違いされますから、事ネットに関してはどういうかかれ方をしてもいい風にいい風になるべく解釈するようにしています。こちらも誤解な器用伝えようとすると、自分で書いたことをフォローするためにあれやこれやと…このコメントのように長くなってしまいがちです^^;

というわけで、短くまとめられないので、ごめんなさい。いい風にとらえるっていうのも大事だなと。あとは、理解できる前提で話さないこともまた重要かなと。難しいですけれども。納得できれば何て事ないのも多いのでしょうね。

投稿: Laylack | 2010年6月11日 (金) 07時31分

こんにちは。
生きていると、ちょっとした勘違いや行き違いはあるものです。それもしょっちゅう。でも、勘違いのままで放っておいてしまうと、人間関係が厄介なことになりかねません。勘違いだったともつれかかった糸を早いうちにほどいておくことは必要です。ただ、勘違いに気づきにくいのが難点なんですよね。言い方や表情などで、自分の本来の気持ち通り、言葉通りに相手に伝える技を磨いておきたいものです。
おっしゃるように、よく解釈してしまうというのも手ですよね。そうすれば、余計な不快感にまみれなくてもすみます。
これもおっしゃる通り、自分が知っていることでも、相手は知らないのだということを前提で話をするべきだと私も思います。忙しいと「どうしてそんなこともわからないの?」という視線を投げかけられる時がありますが、「説明を受けていないのですから、わかりません」とこちらも視線を送ります。どんな場面でも、人と交わる際は、丁寧・親切にを心がけたいと思います。

投稿: Laylackさんへ | 2010年6月11日 (金) 15時45分

 なにかとんでもない事件かと思って、どきどきしました。そうだったんですか。謎が解けて良かったですね。
 

投稿: fkmamiko | 2010年6月11日 (金) 19時45分

こんばんは。
心の深淵に触れる、きわどいお話かと思っていましたが、結末は「ああ勘違い」といった感じでしたね。
いえすいません、決しておちょくっているわけではなくて、こういうことって意外と多いな、と。
何か、自分だけが疎外されているとか、おちょくられているとか、そういう風に思うと切ってありますよね。でもまぁ、相手にはまったくそんな気持ちはなかったり、こちらの一方的な思い違いというのはよくあることでした。
私の経験則では、そういうときに変に考え込むよりは、感じたとおりに相手に反応してみるのが一番のようです。瞬間、場が乱れますが(笑)、じきに収束して、理解ができたという雰囲気になります。
こういうのを面倒がる世の中になっていますけどね。

投稿: なおさん | 2010年6月12日 (土) 00時54分

fkmamikoさん、ドキドキさせてしまってすみません。結果は「ただの勘違い」でした。でも、こういうことは、放っておくと、気づいたら、周りに人が誰もいない…なんていう状態になってしまいかねませんから、気づけてよかったです。

投稿: fkmamikoさんへ | 2010年6月12日 (土) 13時48分

なおさん、こんばんは。
人というのは、自分の勝手な解釈で、落ち込んだり、不快になったりするものだと気づきました。他人の一言を深読みしすぎて、自分の首をしめるというか…。いいように解釈するように心がければ、とりあえず、不快感にさいなまれることはグッと減ると思いました。
そうそう、私も「今のは、こういうこと?」と聞いてしまうことはあります。ちょっとおどけたふうに。すると、「エー、違うよー。こういう意味だよ」と勘違いを指摘され、「なーんだ」というようなてん末になることがあります。ホント、思い込みって、損ですね。

投稿: なおさんへ | 2010年6月13日 (日) 00時57分

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