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2007年10月 8日 (月)

悲しみに耐えて

悩みのない時は、のほほ~んとし過ぎだということにも気づかないほど、苦労知らず。だが、一旦悩みを抱えてしまうと、気分の転換がうまくできない性格で、ずっと悩み続けてしまう。

現在治療中の病気の進行状態がずっと気になっていた。意外と悪化しているようなことを、先日医師に言われ、今後、副作用の気になる薬の投与も視野に入れておかなければならないのかと気がきではなかった。

そこへ、である。そんな悩みを抱えているところへ、さらに追い討ちをかけるような出来事に襲われた。

知人が亡くなったのだ。先週の木曜日のこと。入院をしていた時、同じ病室に入院されていた方だ。亡くなった翌日に、娘さんから、メールで訃報を知らされた。還暦前の方で、まだ亡くなるような年齢ではなかった。彼女はガンと闘っていた。

幼稚園教諭という職業柄か、個室から初めてその病室に移った時に、真っ先に私に声をかけてくださった人だった。その時の人懐っこい笑顔が私の不安を取り除いてくれたことには、今でも感謝している。病室では朝も昼も夜も一緒だから、どんどん仲良くなった。ご家族の方とも話すようになった。亡くなる3日前に見舞ったばかりだった。退院したら、好きな山へ遊びに行こうと約束したばかりだったのに…。元気になると信じて疑わなかっただけに、驚きと衝撃は大きい。

一人になると、彼女のことを考えてしまう。病名は違えど、一緒に病気と闘っていた“仲間”だっただけに、私自身、立ち直るのには時間がかかりそうだ。

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コメント

俺は,子供の頃に先輩たちが連続して亡くなったので,子供の頃の友人たちに次はおまえだと言われた.

でも,生きている.

死んだ人の分まで生きるんだ.

投稿: HAWK2700 | 2007年10月 8日 (月) 13時23分

私も10歳の時に1人、17歳の時に2人、18歳の時に1人、20歳のときに1人の同級生を亡くしています。電車に轢かれた人、バイクの事故を起こした人などです。今年も多くの身の回りの方が亡くなりました。
HAWK2700さん、生きてくださいね。世の中には生きたくても生きられない方々がたくさんいるのですから、生きてください。私も悲しみに乗り越え、しっかり生きていこうと思います。

投稿: HAWK2700さんへ | 2007年10月 8日 (月) 14時01分

考え始めると、眠れなくなりとても怖いです。僕にとっても”死”ってそういうもんです。病気になりたくないってのも、死にたくないからです。

楽しいことをなるべく考えるようにしてます。それが無理にだとしても、きっと本当に楽しいことになる気がするから。

本当に悲しい出来事を経験した分、人は強くなっていくんだと思います。

投稿: Laylack | 2007年10月 8日 (月) 21時16分

12年前、突然父が倒れて、意識が戻らぬままに亡くなりました。父にいっぱい親孝行してあげたかったのに、何もできないままでした。友人や会社の先輩、同僚がたくさん遠方にもかかわらず父の葬式に来てくれました。たくさんいただいた励ましのなかで、先輩が「お父さんはもう姿は見えないし言葉もかけてくれないけど、いつだってすぐそばにいて見守っているんだよ。本当にすぐそばにいるんだって実感できるよ」言ってくれた言葉が強く印象に残っています。あの言葉がどれだけ励みになったでしょう。
お友達もぴろろさんのすぐそばで、病気に負けるな、と応援してくれているのではないでしょうか。

投稿: いけ | 2007年10月 8日 (月) 23時44分

知人の死。何度経験しても、当然慣れる事なんかなく、何でこの世の中にこんなに辛い事があるんだろう、と思ってしまいますよね。
でもそれと同時に、自分の日常生活が当たり前に得られているものではないんだという事もガツンと思い知らされます。
大事な人の人生が終わってしまった事に納得なんか出来る訳ないけれど、思い切り泣いて、ちゃんと自分の中で感謝を伝えて、その人が自分に教えてくれた事・与えてくれたものは自分の中で生かしていく。
私は、その都度自分にそう言い聞かせています。

ぴろろさんのお友達のご冥福をお祈りします。

投稿: banana chips | 2007年10月 9日 (火) 01時50分

独身の時は“死”は怖いものではありませんでした。若いゆえに“死”が身近なものではなかったことと、失うものがなかったからでしょうか。
でも結婚して変わりました。“怖い”というよりは“嫌”という感情です。主人との生活が終わってしまうなどと考えると、涙があふれます。
楽しいことに積極的にチャレンジすることはいいことですね。精神的なダメージを回避するためにも、それは心がけたいです。無理に作った笑顔でも、心にはいい働きがあるそうですから。

投稿: Laylackさんへ | 2007年10月 9日 (火) 18時34分

励ましのお言葉、ありがとうございます。いけさんのコメントに涙があふれました。
入院中、彼女は私に感謝の言葉を口にしていました。面白おかしく交わした会話で、「沈みがちな気分が晴れた」と。「楽しい時間をありがとう」って言ってくれました。「一緒に病気と闘おう」と言った私のセリフにも頷いてくれていました。
私が病気に負けないように本当に力を貸してくれる気がします。だから、病気から逃げずに、向かっていきたいです。

投稿: いけさんへ | 2007年10月 9日 (火) 18時49分

banana chipsさんの言葉は頷く言葉ばかり。

知人は私にたくさんのことを言い残してくれました。
親に甘えられる時は甘えたらいい(親は子どもの世話をしたいのだから世話になってよい)、夫より先に死んではならない(伴侶の死という最大の悲しみを相手に味わわせてはならない)、“見舞う”という字は患者の不健康さを健康な自分の体と見比べて喜び舞うという意味だと思う(元気いっぱいな様子で入院患者を見舞ってはならない)など。

彼女の言葉を忘れない。彼女を忘れない。そして、いつまでもメソメソしない。彼女は私がメソメソしているのを望んではいないから。

banana chipsさん、ありがとうございます。

投稿: banana chipsさんへ | 2007年10月 9日 (火) 19時14分

 大変な時期を過ごしてらっしゃったんですね・・・私は去年、同僚をがんで亡くしました。診断が下る前、しんどそうな様子を時々見せていましたが、診断が下ってからは、「すまんな、仕事、してくれとるんよなあ」とか「(自分は)元気よ~」とかむしろこちらを励ましてくださっていた様子を思い出しました。もしかしたら自分を励ましていたのかも・・・
 そして今年6月に一番大事な友人が心臓発作で倒れ、現在も意識不明です。回復の見込みはないそうです。
 いろいろな形の別れがあり、それぞれつらい思いをしました。別れの辛さと比例して、彼らは私を思いやってくれていたり、明るい気分にしてくれたりしていたんだなあと思います。私にできるのは彼らを忘れずに、もらったものを力に変えて歩いていくことかな、と考えています。きっと知人の方はぴろろさんに力を与えてくれていたんですね。ぴろろさんも無理をなさらずに・・・

投稿: onomot | 2007年10月 9日 (火) 20時37分

知人さんにご冥福をお祈りします。
ぴろろさんの体の具合も入院するほど
病んでいてのですね、知りませんでした。

なんと声をかけていいかわからなくなって
しまいましたが、生きましょう。
知人さんのぶんまで生きましょう。

投稿: ドナルド | 2007年10月10日 (水) 04時22分

いたわりの優しい言葉をありがとうございます。
自分の身近な方が亡くなられるのはとてもショックで悲しいことですね。付き合いの長い人はもちろん、それは最近知り合ったばかりの人でも同じ。その衝撃は想像以上です。多かれ少なかれ、誰しもが経験し、乗り越えなければならない大きな壁ですね。
人は亡くなっても、その言葉や思い出は人々の心に残るものです。最初は思い出すだけでも辛さがこみ上げてくるけれど、いずれ、それは生きる勇気や希望につながっていきます。私も病気を克服しようという強い力を授けていただきました。

onomotさんのお友達のこと、ずっと心配していました。回復されることを祈っていました。でも、回復される見込みがないとは…。具体的な状況はわかりませんが、一縷の望みがあるのであれば、奇跡を信じてみませんか?ご本人は諦めずに闘っているのですから。

投稿: onomotさんへ | 2007年10月10日 (水) 08時07分

ドナルドさん、ありがとうございます。
病気の方は回復しました。優秀な医師の診察・治療を受けられましたので、退院後も2回受診しただけで、通院もひと段落しました。ご心配をおかけしました。
生きているということは当たり前のようですが、実際はそうではないのかもしれませんね。心して生きていきたいと思います。

投稿: ドナルドさんへ | 2007年10月10日 (水) 09時28分

私は幸いにも身近な人を亡くした経験がないので、ぴろろさんがどのくらい悲しんでいらっしゃるか、想像がつきません。言葉だけの慰めしか言えないと思います。
私の旧友が豪州の地で、生まれる直前のわが子を亡くすという悲しい経験の時、周りの人がかけてくれた言葉は「Take it easy!」だったそうです。
「easy」という言葉には、いい加減、簡単、適当、など良いイメージがなかったのですが、いつまでも泣いちゃいけない、耐えなくちゃ、立ち直らなくちゃ、と力の入っていた彼女の肩に、ぽんと手を置いて言ってくれたのではないでしょうか。
旧友から話を聞いたときにはわからなかった「Take it easy!」の意味が、ぴろろさんの記事を読んで初めてわかりました。そして旧友の当時の状況をも思い出し、涙しました。
(遅レスでごめんなさい。)

投稿: fkmamiko | 2007年10月10日 (水) 20時49分

落ち込んでいる時にかけてもらえる優しい励ましの言葉、本当に有難いです。私も夫やブログ仲間であるみなさんからのコメントで、ずいぶん励まされました。本当に感謝しています。
fkmamikoさんのお友達はさぞ辛い思いをなさったことでしょう。お子さんを亡くすほど、この世で辛いことはないでしょうから。事実は事実としてきちんと捉え、悲しみを乗り越えていかなければならないのですね。それが生きている人の運命(さだめ)なのだと思います。

投稿: fkmamikoさんへ | 2007年10月11日 (木) 13時31分

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