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2007年6月17日 (日)

ゆんたく一人芝居『南島妄想見聞録』を観て

うちなー噺家、藤木勇人さんの一人芝居を下北沢(東京都世田谷区)まで観にいった。初めての下北沢。駅の周辺は、若者で賑わっていた。

沖縄市出身の藤木さんは、2001年に放送された、NHK朝の連続テレビ小説『ちゅらさん』にレギュラーとして出演された俳優もされている沖縄の噺家だ。自分で脚本を書き、出演する一人芝居『南島妄想見聞録』は、もう15年も続けていらっしゃるとのことだった。

下北沢駅前劇場の狭い会場には、中年層の観客の姿が目立った。満席のようだ。舞台が一瞬暗くなり、明かりがついたかと思った瞬間、かりゆしウェア姿の藤木さんが現れた。三年ぶりの再会だ。隣に座っていた夫が「本物だ」とつぶやいた。

Avox00481 最初はトーク、そして、沖縄に関する題材の一人芝居に移る。トークは本当に面白く、ずっと肩が揺れていた。一人芝居の題目は『ハブとマングース』、『海人草』、他一本。どれも沖縄の人々の心が伝わって来る作品だった。

中でも『海人草』は第二次世界大戦直後の沖縄、与那国島での話が題材となっており、舞台正面に大戦中の映像が映し出された時は、会場内に、重苦しい空気が一瞬流れたような気がした。

与那国島は日本の最西端。沖縄本島より台湾の方が近い島。戦後はアメリカの統治下にありながら、最果てゆえ、米軍の目が届かないことをいいことに、密売貿易が盛んだったという。その中で逞しく生きる密売人の一人の女性の話。

戦後はどの地も生きていくには大変だったと思う。戦争に借り出された男性は死に、女性と老人、子どもばかりが生き残った時代。生活費を稼ぐのも想像を超えていたらしい。そこで、「ヤミ」とか「密売」とかいった言葉がつきまとうことになる。

印象的だったのは、密売人の女性が与那国島でのことを回想する一場面。

…歩いていると、島のあちこちで「ポキッポキッ」と足元から音がする。見なくても、それが人骨であることはわかる。大戦で戦死した人々の骨だ。辺り一面に散らばっており、歩くたびに、踏み砕かれる音がするのだ。「ごめんなさい、ごめんなさい」と心の中で謝りながら歩いたものだ…

頬を熱いものが流れ落ちるのがわかった。話していた藤木さんご本人も涙をぬぐっていらした。他の観客の中にも、同じ動作をされている人たちがいた。戦争で亡くなった人はもちろん、生き残った人の辛い心も知った一場面だった。

藤木さんは沖縄の素晴らしさ、逞しさを伝えるために一人芝居を続けていらっしゃる。そこには笑いもあれば、涙もある。彼の芝居を多くの人が観て、沖縄の現実を知る大きな機会になればと思う。

終演後、思いを綴った手紙を直接藤木さんご本人にお渡しすることができた。ずうずうしくサインももらい、一緒に写真にも写っていただいた。握手までした。思い出に残る一日だった。

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コメント

ぴろろさんこんばんは~~
いい思い出が出来て良かったですね
サインいただいて記念写真も御一緒できて
羨ましいなぁ^^ポキポキはリアルですね

投稿: 笑顔のたんぽぽ | 2007年6月18日 (月) 20時41分

結構、街を歩いていると芸能人に出会ったりしますが、一緒に写真を撮らせてもらうことはなく、うまく写っていれば、初めてのことです。関取とは一緒に写った写真はあるけど…。ちなみに当時の寺尾さんです。

投稿: 笑顔のたんぽぽさんへ | 2007年6月19日 (火) 12時55分

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