2009年7月10日 (金)

クローバーに潜む愛

ブログ仲間に、クローバーのことを記事にされていた方がいる。Youさんだ。ご本人の許可をいただいたのでご紹介。
『ずっと海をみていたい』
http://summer-and-sea.cocolog-nifty.com/sea_blog/2009/05/post-6cbb.html
CLOVER。C-LOVE-Rで、クローバーの中にはLOVEが隠れているという記事が印象深く、愛にあふれるYouさんの優しさを垣間見た気がした。

先日訪れた木更津からの帰路のこと。スッと静かに近寄ってきた車があった。危険を避けようと路肩へ歩み寄ろうとした瞬間、運転席から声を掛けられた。夫は私から少し離れた前方を歩いていた。運転手は親くらいの年齢の男性。運転席の窓から伸びた手には、なんと四つ葉のクローバーが握られていた。しかも2本。思わず、「わ~、四葉のクローバー!」と歓喜の声を発してしまった。

男性は、このクローバーを私にくれると言う。どうして私だったのかは不明だが、遠慮なくいただくことにした。私ができる最高の笑顔でお礼を言い、男性と別れた。バックミラーに手を振る私が写ったのか、その男性も遠ざかる車の窓から手を振って応えてくれた。

Photo夫が、持参していたノートにクローバーを挟み、大事に持ち帰った。押し花よろしく、押し葉となっている。せっかくなので、何か形にしたいと思う。

最初に思い浮かんだのは栞(しおり)。次に…。思い浮かばない。脳が冬眠、いやいや夏眠しているのだろうと思いたいほど、何も浮かばない。元々発想力が乏しいのだ。

皆様、いいアイディアがありましたら、お寄せくださいませ。よろしくお願いいたします。

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2009年7月 9日 (木)

寝る前のひと時

夜、読書して眠気を誘い、就寝することがある。ちょっと寝付けない日などは、夫とクイズを出し合ったりすることもある。結果的には余計寝付けなくなるのだが、これが結構面白い。

先日は、高校の国語の授業で使っていた文学史のテキストから、問題の出し合いをした。問題と言っても、「『蟹工船』の作者は?」といった簡単なもの。作品名でわからないと、ヒントを小出しにしていく。「本名は○○。○○大学出身。病気のため○歳で死去。他に『○○』と言った作品がある」など。

私は得意分野になるのだが、夫は「よく知っているな~」「さすがだな~」と何度も感心していた。彼は私が簡単に答えられないような問題を考えたり、難しい内容のヒントから出したり工夫をしていた。私は私で、私の全く知らない作家を知っている夫に感心していた。

ちょっとショックだったのは、思い出せない作家名(特に外国人作家)があったこと。喉元まで出ているんだけれど…というあれだ。ちょっと悔しい思いをした。一日の疲れが押し寄せる夜半だからというわけではなく、脳の衰えのせいであることは間違いないだろう。

たまに、こうやって脳を鍛えてあげないと、記憶のデータベースにしまってある情報が、常時うまく取り出せないなんてことにもなりかねない。いやはや、老化は怖いわ~。

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2009年7月 7日 (火)

織姫と彦星の本当の関係

子どものころ、七夕の夜に雨が降ると、織姫と彦星が年に一度の逢瀬ができなくなる信じていた。梅雨真っ只中の七夕に、天の川を見ることなど確率的には低い。

先日、夫の神経痛への効果を期待して行ってみた温泉施設の入口に、七夕の飾り付けがされた大きな笹が数本立てかけられていた。利用客が気軽に願い事をしたためられるように、紙とペンなどが用意されてあった。「健康で幸せな日々を送れますように」と書き、吊るしてきた。

今宵は星が見える予報になっているが、どうだろうか。織姫と彦星は会えるだろうか。

織姫と彦星は恋人同士だと思っている人が91%だとテレビの情報番組が伝えていたが、実際のところ、二人は夫婦だという。結婚後、それぞれの機織りと牛飼いの仕事をさぼっていた二人に激怒した織姫の父親が、二人を引き離してしまったのだとか。私も二人は恋人同士だと思っていたので、意外な真実にビックリした。

Photo_3  

 

 

 

 

 

 

今宵が曇りなら、寝室に広がる星空を眺めながら、二人に思いを馳せようか。Photo_4寝室の天井には蓄光の星空のクロスが貼られているので、消灯後しばらくは満天の星空を見上げることができるようになっている。子ども部屋のよう。闇に浮かび上がる星々に包まれて眠りに就くのも、これまたいいものだ。

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2009年7月 5日 (日)

ちゃんぽん

夫が三線を習いに通い始めた。夏日になる日が増えて来た。カレンダーに海の写真が登場した。心が沖縄を欲し始めた。

ゴーヤーチャンプルーを作る機会は年々増える。先日も作り、その際、残ったポークランチョンミート(味付け豚肉の缶詰)で、沖縄でよく食べられているポーク卵を夫のお弁当用に作った。それでも、まだあるので、ちゃんぽんも作ってみた。

ちゃんぽんと言うと麺類を思い浮かべる人が多いと思うが、私が作ったのはご飯もの。沖縄でいう“ちゃんぽん”は、ご飯ものなのだ。

野菜とポークランチョンミートを炒め、味付けしたものを溶き卵でとじ、ご飯の上によそった料理。野菜ポーク丼とでも言った方がイメージしやすいだろうか。沖縄ではポピュラーだが、内地では見たことのないメニューだ。

Photo  

 

 

 

 

 

 

2回くらいしか食べたことはないが、ネット上にあったレシピとイメージで作ってみた。夫は初めて食べると言うので、「上手にできたよ。前に沖縄で食べたのもこんな感じだった」と宣伝してみた。満足のいく味付けができたので、沖縄風にはなったと思う。

神経痛の痛みで沈みがちな夫が、少しでも笑顔になってくれたら嬉しい。料理を褒めてくれるのも嬉しい。家庭円満なのが、何より嬉しい。

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2009年7月 3日 (金)

肋間神経痛

出勤途中の夫から電話がかかってきた。「呼吸が苦しい」と。

電話がかかってくるだけでも珍しいことだが、内容が内容だったので、飛び上がらんばかりに驚いた。息をするたびに、心臓に痛みが走るそうだ。突然痛み出したようで、このまま会社へ行くか、医者へ行くか判断に迷って電話をかけてきたらしい。

痛みのある場所が場所だけに、心筋梗塞や心臓発作で倒れても困ると思い、欠勤を勧めたが、会社の最寄り駅に到着したとかで、とりあえず無理をしないことを条件に出勤することに決まった。具合が悪化したら、早退するよう懇願した。

お昼に、夫から電話があり、早退したという。高熱が出ていても会社を休まない夫が早退するのだから、よほどのことだと予測された。

会社近くの大学病院は大げさだから、市内の総合病院に行きたいと言うが、初診の診療受付時刻はとっくに過ぎている。念のため電話で確認したら、「緊急の場合、居場所から一番近い病院へ行かれた方が良い」とのアドバイスをもらうにとどまった。救急車を呼ぶほどではないと言うし、本人の希望もあり、近所の内科へ連れて行った。

年老いたベテラン医師に聴診器を当てられたり、胸を押されたりするたびに、痛がる夫。かなり激痛らしく、苦悶の表情を見ているとこっちまで顔をしかめてしまう。心電図とレントゲンを撮り、採血・採尿を済ませ、診察は終了。レントゲンを見た限りでは、大きな異常は見られない。問診と触診の結果、肋間神経痛との診断がついた。

処方された薬を飲んで、湿布を貼って様子を見ることに。翌朝には、痛みが60%くらいにまで治まったので出勤して行ったが、仕事ができるような状態ではないと言っていた。有休も残っているので、無理せず休むことを勧めたが、いろいろあるようで出勤を選択。悪化、慢性化しなければいいが。

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2009年7月 1日 (水)

三線教室

今年の結婚記念日を祝った沖縄料理店では、隔週土曜日に三線(さんしん)教室が催されていることは知っていた。あの日の帰り際、夫が「習いたいなぁ」とつぶやいていたので、二人して心の片隅に留めておいたのだ。先週土曜日、ようやくその体験教室に行く機会が巡って来た。

講師のご両親が沖縄出身者で、奥様は久米島出身者だとか。そんな方と知り合いになれるだけでも、習いに行く価値があるというもの。

その日の参加者は男女二人と夫だけ。毎週顔ぶれが異なるそうで、受講料は5回で10000円。月謝にしないのは、無理なく、好きな土曜日に通ってもらいたいためだとか。嬉しいではないか。

初めての場所、特に初めて会う人と話すことが苦手な夫。雰囲気次第で通わないこともあり得ると心配していたのだが、即決してきたという。お稽古事は心を豊かにしてくれるから、大賛成だ。

翌日、早速、安物ではあるが、自前の三線を爪弾いていた夫。もらってきた楽譜とにらめっこしながら、指を動かしていた。ギターが弾けるので、弦楽器はすぐに慣れるだろうと思いきや、本人曰く、三線は難しいらしい。楽譜が音符ではなく、工工四(クンクンシー)で表記されているから、譜面を読み取ることから始めなければならない。ドレミファ…ではなく、合・乙・老・四・上・中・尺・工・五・六・七となる。

それでも、数時間後には、『♪安里屋ユンタ』『♪十九の春』などの有名な島唄を披露してくれた。リクエストした『♪涙そうそう』『♪島唄』もたどたどしく、ゆっくりしたテンポで冒頭部分だけ奏でてくれた。梅雨明けした沖縄の潮風が、一瞬、我が家にも吹き抜けた。

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2009年6月29日 (月)

木更津ぶらり旅 ~たくさんのたぬき~

境内に夜な夜な現れるタヌキたち。楽しそうなタヌキたちの踊りを覗き見た和尚も、いつの間にかその輪に入り、一緒に踊る日々。ある日を境に訪れなくなったタヌキを懸念していたところ、お腹を叩き割って死んでいるタヌキを発見。和尚はこのタヌキを手厚く葬ってあげた…。

 

木更津休日ぶらり旅。狸噺子で有名な證誠寺(しょうしょうじ)目的で訪れた。小学生のころ、両親に連れられて一度だけ門をくぐったことのある真言宗のお寺だ。昼でもうっそうとした木々に囲まれた一角に、たくさんのタヌキの置物が、ところ狭しと並べられている光景が目に焼き付いている。

Photo駅からほど近い住宅街の中に、目的の古刹はあった。工事関係者が出入りしているものの、境内はひっそりしていて、観光客と思しき者は私たちだけ。冒頭の言い伝えがある狸塚周辺には脳裏に浮かぶタヌキの置物は全く見当たらず、お花や線香の残り香さえなかった。門前に掲げられている色が剥げ落ちたタヌキの絵入り看板が、廃れた寺を一層物悲しくさせていた。

それでも、街はタヌキで観光客を呼ぼうとしていPhoto_2るようで、9年前に設定されたタヌキ横丁という名の商店街には、まだそれほど風雪にさらされていない様々なポーズのタヌキたちが客を歓迎するかのように点在している。駅前ロータリーにも逆立ちする大きなタヌキが目を惹く。いつもながらのマンホールの蓋は、野口雨情作詞の童謡「証城寺の狸噺子」のデザインで、カラーとモノクロの二タイプあった。

Photo_3

Photo_4  

 

 

 
いたるところに何かしらのタヌキを目にするので、頭の中では、「♪証 証 証城寺 証城寺の庭は つ つ 月夜だ みんな出て来い来い来い」のメロディーが、ずっと流れていた。

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