パソコンリフレッシュ
今日から、愛用のモバイルがリフレッシュ入院。一週間、ブログもパソコンもお休み。
高校時代、学園敷地内にある大学生の寮で、年に一回行われる寮祭が楽しみだった。
学生寮には、北海道から沖縄までの出身者が入寮しており、秋に行われる寮祭では、自分の出身県の銘菓などを販売する。毎年、寮祭はクラスメートと連れ立って、遊びに行っていた。
私のお気に入り銘菓は、福島県のママドール、新潟県の笹団子、宮城県の萩の月、広島県のモミジ饅頭、沖縄県のちんすこう。そして、一番好きなのは、 岩手県のかもめの玉子。これは白あんを薄いカステラの生地で包み、ホワイトチョコで全体をコーティングしたお菓子である。サイズ、形ともに、鶏卵そっくり。弟も大好物。
東京にはアンテナショップがあちこちにあるし、近所のスーパーでも、地方の有名銘菓なら簡単に入手できるようになった。便利に思う一方、「ここでしか買えない(食べられない)から」という訪れた旅先で購入する楽しみは減少した。どちらがいいのか…。
今日は七夕。子どものころは、7月7日に雨が降ると、織姫と彦星が会えずにかわいそうと、本気で気の毒に思っていた。梅雨真っ只中のこの日、あまり晴れることがなかったように思うから、ほぼ毎年小さな胸を痛めていただろうと回想する。
都会では、本当に些少しか星が見えない。この星の数が当たり前だと思って育った。沖縄の竹富島で見上げた満天の星空に度肝を抜かされ、サイパンで突然車から降ろされ指差された方角に南十字星を発見し言葉を失い、ハワイ島のマウナケアの頂上で世界で一番天体観測に適するという星空に目が釘付けになり、オーストラリアのケアンズで本が読めそうなくらい明るく輝くあまたの星々に口が半開きになった。
地球のどの位置に立つのか、新月なのか満月なのか、どの季節か、何時か、天候は。様々な条件で、見える星座や天の川の位置が異なる。なんて神秘的なことだろうか。地球も、そんな神秘的な宇宙を構成する唯一無二の星なのだと思ったら、大切にしないわけにはいかない。
星の位置で暦を作った古人の知識の高さに脱帽である。
今宵は晴れるだろうか。私は東京で研修。帰り道、夜空を見上げてみよう。
ハワイの写真集で気分を良くし、様々な思い出が浮かんできたので綴っておこうと思う。
海外旅行は好きで、あっちこっち行く機会に恵まれた。中でもリピートしている唯一の渡航先がハワイ・オアフ島である。そして、初めての海外旅行もハワイ・オアフ島であった。
友人3人と真夏のオアフ島で泳いだのは、もう15年も前のこと。これが初ハワイ。後にも先にも、この時のワイキキビーチでの遊泳が唯一となっている。家族の誰も海外旅行の経験者がいなく、母が心配してくれたことをよく覚えている。ひったくりに遭わないように、持ち歩くバッグに工夫を凝らしたり、過剰に思える保険にも加入した。日本時間を気にしながら国際電話もかけた。初めての国際電話にドキドキした。
初めての海外旅行で、もちろん初めてづくし。いろいろ学んだ。
この時の旅行で、ある有名ショッピングセンターのバス亭でバスを待っている時、ひったくりを見かけた。日本人カップルの女性の方が狙われてしまったのだ。男性が追いかけたが、すぐに諦めた。銃でも所持しているかもしれないから、深追いしないで正解だったのかもしれない。ブランドものを袋を持っていると、狙われやすいと知った。
二度目のハワイ・オアフ島は、両親とともに。父の定年のお祝いに二人にハワイ旅行をプレゼントしたのだが、海外旅行をしたことがない者だけで行くのは心細いから着いて来てくれと言われ、同行したのだ。
オアフ島は日本語も通じるところが多く、英語が苦手な私でもあまり困ることはない。市バスに乗って、両親をパールハーバーとえひめ丸の慰霊碑があるカカアコ海浜公園(父の希望)へ連れて行ったり、ポリネシアカルチャーセンター、ノースショアなども巡った。
一番思い出に残っているハプニングは、初めてヒッチハイクをしたこと。カカアコ海浜公園からの帰り、父がカメハメハ大王像が見たいと言い出し、近いことから無料のオリオリバスに乗って向かったのだが、それほど近くまでは行けず、長距離歩くのが困難な父のためにヒッチハイクするはめになったのだ。日本人らしき男性に声をかけたのだが、日本語が通じず、少々時間はかかったが、カメハメハ大王像のところまで乗せてくれることに。ハワイの人の優しさに触れ、三人で感激したものだ。
三度目のオアフ島は、大学を退職した直後、自分への褒美として10日間滞在した。水族館へ行ったり、ダイヤモンドヘッドに登ったり、アラモアナショッピングセンターでショッピングしたり、客船でサンセットクルーズを楽しんだり、フラダンスショーを観たり、ハワイアンジュエリーを探し歩いたり…。一人は気ままでいい。好きな時に好きなところへ行けるし、予定をドタキャンしても、誰にも気を遣わなくていい。
一人旅ということもあってか、旅行中の日本人、現地人問わず、ナンパされた。日本人男性は、既婚者であったが、会社の同僚同士の旅行ということではめを外したかったのだろう。もう一人の日本人男性は、奥様同伴にもかかわらず、いろいろ話しかけて来て、奥様に睨まれていた。現地の人も、日本語ができるので無視できず困った。人が良さそうに見えるのだろうか。
四回目のハワイはオアフ島ではなく、ハワイ島のみ。ビッグアイランドと呼ばれているだけあって、周遊できないくらい大きい島だった。
新婚旅行だったので、ツアーには参加せず、どこへ行くにも二人で計画し、出かけた。夫の運転する車で、キラウェア火山やボルケーノの街を回り、プルナウ黒砂海岸でウミガメに出会った。富士山より高いマウナ・ケアの山頂からサンセットと世界で一番の星空観測をし、流れ星二つに永遠の愛を誓った。何にでも一生懸命だった夫の姿が目に焼きついている。新しい人生の指標となった旅行だった。
人生の転機に訪れたいと思う場所があることは、力になる。こういう場所があることを、心底幸せに思う。
大切な節目に訪れた思い出の地、ハワイ。大地と宇宙エネルギーを全身で感じられるハワイは、今注目のパワースポットである。大自然に身を委ねる心地良さは、病み付きになってしまう。きっと、今後も足を運ぶことだろう。
ハワイの写真集を見つけた。背表紙のタイトルを目にしただけで心惹かれ、手に取り、表紙を見たら、一瞬のうちにハワイ時間に浸った気がし、全身の筋肉が緩んだ。
就寝前、ページをめくってみた。カラフルなハワイの写真が、目の前を通り過ぎていく。特に、訪れたことのあるオアフ島とハワイ島のページには釘付けになった。
写真集は、色ごとのカテゴリーでまとめられており、レインボーから始まっている。ハワイで虹はよく見ることができる。車のナンバープレートにも虹があしらわれている。名物シェーブアイスも虹色。父と一緒に、いっ時、涼を得たことを思い出す。
ハワイ固有種の白いハイビスカスや噴火した地層に含まれている物質が砕かれた緑の砂浜(グリーンビーチ)、日本では大騒ぎになりそうなピンク色の建物(ロイヤルハワイアンホテル)、オヒアレフアの真っ赤な花、流れ出た溶岩の黒。多彩な色が存在していることを改めて感じた。それぞれの色の主張はしっかりあるのに、うるさくならず、街にマッチしているのがハワイの特長かもしれない。
この写真集は、心身ともにゆるゆるになる。寝る前に読めば子守唄代わりに、休日の昼下がりに眺めれば大自然のBGMを奏でてくれる。キラメク太陽、心地良い潮風、さらさらの砂、甘く熟したパイナップルなどが、次々に現れては消える。自宅が癒しのサロンに変身。写真集は視覚だけではなく、聴覚、嗅覚、味覚、触覚と五感をフルに使って楽しめるものなんだ。
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色で旅するハワイ 著者:高砂 淳二,山下 マヌー |
今日、沖縄県糸満市で、沖縄戦没者追悼式典が開催された。首相も沖縄入りして、弔辞を述べているところを、テレビ中継で見た。
沖縄では、組織的な戦闘戦が終わった6月23日を慰霊の日としており、官庁や学校などは休日として、県民全員で、戦没者に祈りを捧げる日となっている。沖縄独自の休日である。戦没者への弔慰の念・祖先を敬う姿勢は、他都道府県より強いものがあると感じる。
普天間基地の移設問題で、今年は、沖縄が大注目された。軍機の騒音問題だけではなく、米軍関係者による事故や事件などの危機に、いつも脅かされているのが現状である沖縄。平穏な生活は、誰もが保証されていなければならないにもかかわらず、沖縄ではそれが守られていない。国内に、こういった県があることを、国民全員が知っておくべきだと思う。
「未だ収集されない遺骨が多くあり、不発弾も多く残っている。そして文化遺産等、多くのものを失った。…中略…沖縄は、国際社会へ恒久平和の発信拠点になっている」沖縄県知事の誓いが、涙を誘う。
過重な基地負担が軽減されるよう、悲惨な戦争が繰り返されないことを、私も願って止まない。
出勤途中の電車内。片手に松葉杖をついた女性が乗ってきた。席を譲った。女性はお礼を言って、着席した。
しばらくして、目の前の席が空いた。その席に背を向けていた高齢の男性に空席を知らせようとしたら、別の方角から「座ってもいいですか?」と初老の女性から声をかけられた。「はい、どうぞ」と頷いた。
次の停車駅で、目の前に座っていた先ほどの初老の女性が、「私は次の駅で降りますから、席を替わりましょう」と声をかけてくれた。「私も次の駅で降りますから、大丈夫ですよ。ありがとうございます」と返事をした。そんなふうに言ってもらえるなんて、思ってもいなかったので、嬉しくなった。
初老の女性は、降りしなに、再度お礼の言葉を口にされた。松葉杖の女性も同じ駅で下車。彼女も再度お礼を述べてくれたので、「お大事に」と言って、別れた。見ず知らずの二人の女性と心を交えた会話をした気がした。
どこにでもある朝の何気ないひとコマ。電車で出勤するということから久しく遠ざかっていた私にしてみれば、何気ないひとコマではなく、心に温かい風が吹き抜けたような出来事であった。主婦は、家族以外に「ありがとう」と言ってもらえる回数は少ないのだ。
この日は、前日に急きょ出勤依頼があり、通勤電車に乗った。本来であれば、まだベッドの中にいる時刻であった。出勤を快く引き受けたことが巡り巡って、朝から気持ちよい出来事につながった気がした。
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